社会不適強者

ゴキブリより黒いブラック企業に入社したら死神が見えた

「人間免許制度」を設けるべき (会社を辞めて4ヶ月目)

お久しぶりです。

約2か月ぶりの投稿になります。

 

こんなブログでも70人もの方が更新の通知登録をしてくれているのは、

孤独な無職生活において小さな心の支えでもあります。

今回も何も考えずダラダラと独り言を綴ります。

 

 

新卒で入社したブラック企業を退職してから約3か月が経ちました。

未だに転職先は決まりません。

 

気づけばTwitterのフォロワーは4000人になっており、

YouTubeのチャンネル登録者は700人を突破しました。

 

一体自分は何を目指しているのだろうか…。

 

 

厳密に言うと内定はいくつか頂けたのですが、

正直納得できる仕事ではなく辞退を繰り返しているといった状況です。

 

無職になってから毎日欠かさず求人をチェックしており、

合計でおそらく「約1万件近く」の求人を見てきました。マジで。

 

 

まぁ、どれを見ても興味のある仕事はおろか

「できそうな仕事」すら満足に見つからないんですね。

 

工場、営業、施工管理、警備、介護etc...

 

世の中にはこんなにも仕事で溢れているのに。

どれもこれも務まりそうにありません。

 

もうなんか、「自分は人間じゃないのでは?」とすら思います。

 

「明日こそ自分にピッタリの仕事が見つかるはずや…」と信じて、

毎日何かに怯えながら過ごす日々。

 

なんのために吉本辞めて大学進学したんですかねぇ。

 

 

仕事を辞めてから:

 

最近まで唯一楽しかったのが、youtubeです。

あらゆる自分語りが正当化されるので、ストレスのはけ口のようになっていました。

 

ただ4ヶ月目にしてやっと登録者700人といった有様であり、

労力の割に伸び悩んでいるためモチベーションはドン底となりました。

 

過去にこのブログでも書いていた「吉本のNSC養成所に通っていた頃の話」ですが、

思い切ってyoutubeにアップしましたので、宜しければご視聴頂けると嬉しいです。

 

前編:

【黒歴史】NSCに通っていた頃の話 前編【吉本の養成所】 - YouTube

 

後編:

NSC行ってた頃の話 後編 - YouTube

 

※もちろん広告つけてません。なぜか後編の方が再生回数が多い…

 

 

我ながらホント、無茶苦茶な人生歩んでるなぁと思います。

 

高校を中退して引きこもりになったと思えば、

吉本興業で芸人となって人前に立っていたり。

かと思えば高卒認定を取得して大学へ進学していたり。

 

無駄に遠回りをしましたが、最終的に行きついたのは「無職」です。

無職の前ではこれまでの努力や過程などもただの塵芥となります。

 

なにかこの経験を活かせる仕事が見つかればいいんですけどね…

 

 

 

冒頭から無職無職いうてますけども、厳密に言うとフリーターであります。

5月から知人が営業している店でアルバイトをしています。

(会社員時代と比べると本当に気持ちが楽。)

 

おまけに失業保険と、学生時代から運営しているサイトの広告収入がありますので

辛うじて生活はできている状況ですね。

フォロワーの無職仲間達はかなり苦しいようですが…。

 

 

よくTwitterのこの無職界隈では、

Amazonの欲しいものリストを掲載してフォロワーに貢がせる」という行為が観測され、度々物議を醸していることがあります。

(主に女性が載せて女性が叩くという構図)

 

僕は正直なんとも思いませんが、やはりこういった乞食行為を不快に思われる方々が多いのも事実なんですね。

 

幸いこの裏ワザに頼るほど生活が苦しいわけではないので、その辺りは良かったかなと思います。

 

もし自分がそんな一方的な援助を受けたら申し訳なさで電車に飛び込んでしまうと思います。冗談抜きで。

 

 

◇「人間免許制度」を作るべき

 

今回これについて書きたかったのですが、

あれこれ近況報告をしている内にすでに1000字を越えてしまいました…

 

 

冒頭で薄っすら書いたんですけど、

ホントたまに「自分は人間じゃないのでは...?」と思う瞬間があります。

 

そんな中二病的なアレではなく、能力的な話です。

 

人間らしく働いて生活するという行為ができない。

 

恐らく神様は僕を作る時、最後ギリッギリの所まで「本当は猫を作るつもりだった」と思うんです。

 

それがなぜか急に「あ、やっぱ人間にしよ」と心変わりしたために

人間としての能力が中途半端なままヒトとして生まれたんじゃないかなと。

 

世の中の大多数が当たり前のように働いているのに

自分はその「当たり前」が出来ない。

 

 

出来ない上に疑問すら感じている。

「なんで人間だけが働かなくてはならないのか?」と。

 

 

そんなもん皆分かってて働いてるんですけどね。

「生きるのにお金が必要」だから。

 

満員電車で練り消しみたいに潰されてるサラリーマン、

あくびをしながら受付してるメンタルクリニックのおばはん、

品出し中にレジに並ぶと露骨に嫌な顔をするコンビニ店員。

 

みんな少なからず「働きたくない」と思う瞬間があるはずです。

 

にも関わらず毎日勤めている。毎日働いている。

お金が必要だから。

じゃないと生きていけないから。

人間だから。

 

 

なんで「人間だけ」がこうなのでしょうか?

 

たまたま人間に生まれただけなのに、

何の権限で「人間らしく」生きなければならないのでしょうか?

 

 

僕は人間にも「免許制度」が必要だと思います。

 

 

たまたま人間に生まれただけで、

人間としての資質が備わっているわけじゃない人だっていると思うんですよ。

 

「働けない」とか「学校に行けない」とか、様々な形でそれは現れるんですけど。

 

世間はそういった人々を一方的に「弱者」や「障がい者」と見なすわけですが、

あまりにも無理やり感がえげつないと思うんです。

 

 

なんで「出来ることが当たり前」やねんと。

 

出来ない人を弱者を蔑むのではなく、

当たり前に出来る人を称えていきませんかと。

 

そこでこの「人間免許」もとい、

「人間を辞退する権利」が欲しいと思ったんですよね。

 

 

もう人間免許を返納するので、働かなくても生きていけるようにして下さい

というのが本音です。

 

その辺の野生動物と同じように草とか虫とか食べますんで。

 

その代わり昼間から公園でゴロゴロしますねーと。

 

「働けない」「出来ない」ということを悪だと見なさないで下さいねーと。

 

 

パッと思いつきで書いたので内容は全く膨らんでませんが、

実際こういう制度あって欲しいなと思います。

 

人間が免許制になることで

「出来ない人」が人間らしく生きることを強要されることもなくなりますし、

 

一方でこれまで当たり前と見なされていた「出来る人」は

免許所有者として賞賛されるようになります。

 

うん、そんな感じです。

書いてる内に自分でもよう分からん文章になってしまいました。

また機会があればもうちょっと深く掘り下げたいと思います。

ブラック企業における始業時間前の「苦行」

先日、Twitterでこのような投稿↓をしました。

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私が以前勤めていた会社は始業9時〜定時18時の会社です。


配属されて間もない頃(というか初日)、

「新卒だから早く出社せな!」と思っていた私は

始業時間40分前である8時20分に出勤しました。


「おはようございます!本日よりお世話になります!」

やる気に満ちた新卒の挨拶に対して、返ってきた返答は


『遅いねん。もう8時過ぎとるやろが』


始業時間40分前に出社してきた配属初日の新卒に対し、

「遅い」という言葉が返ってきました。


「始業〇〇分前までに出社しなければならない」という 具体的な規則などは一切聞かされておりません。



『朝はやることいっぱいあるから。

明日から8時には来とけよ、研修やるから』


初対面で自己紹介もまだしていないのに、

私にとって初めての「上司」という存在はそう言い放ちました。



翌日、言われた通りに私は8時(厳密には7時50分)に出社しました。

事務所にはすでに昨日の上司が来ており、

私を見るや否やこう言いました。


『…お前会社舐めとんか?』


もう、意味が分かりませんでした。あたおかの塊。

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https://youtu.be/V8pcvmwGkt0

(この出来事はYoutubeにも投稿しました。)


この上司の言い分では

「8時に来い」と言われたならそれよりも30分前、

つまり「7時30分に来ておけ」という意味だと言うのです。


「社会人ならばその意図を1発で理解して実行するのは当たり前だ」と。

朝の7時55分、始業時間の1時間前に

入社間もない私は事務所で叱られてしまいました。

非常に胸糞の悪いスタートダッシュでした。


その後、「始業時間までに行う作業」の研修を受けたのですが

これがまた気の遠くなる量の雑用なんですよね…


具体的には、

・出社してくる上司達のお茶&コーヒー汲み

人によってシロップの個数や湯呑みの種類が異なる

・事務所の加湿器の水補充

10kgほどある給水タンクを6つほど運ぶ必要がある

・エアコンのフィルター清掃

1日放置するだけで大変な量の埃が溜まる。朝からシャツが汚れまくり

・事務所内&廊下&エレベーターの清掃

清掃のおばちゃん達は午後出勤のため。エレベーターが地獄だった

・社内機器の電源ON

特殊な業種のため詳細は書けませんが、とにかく汗だくになる作業です

・前日の実績入力

特殊な業種のため…以下略。朝業務で唯一座れる作業。

・朝礼スピーチ用の資料作成

毎朝3分のスピーチ。わざわざ資料を人数分作らされる(大体前日に作る)


以上の作業を、始業時間9時までに済ませておく必要があるのです。


PC作業である実績入力だけならまだしも、

何かと体力を使う作業がかなり多いんですよね。

4月だと言うのに朝から汗だくになったのを覚えています。

夏場なんてもう毎朝泣いてました…笑


特に嫌だったのはお茶汲みでした。

社員によって好みがあるので、

それを覚えるだけでも大変です。


当初は他の作業でドタバタするあまり

入れ間違えてしまうこともあり、

『飲み物汲むのも出来へんのか』
ダッシュで入れ直してきて?』

とよく言われていました。


朝から怒られてしまうとその日1日を通して嫌な印象がつきまとうため、

別の業務で嫌味を言われたりする二次的被害に繋がってしまうのです。


ホントにキツかった。


こんな部署なので新卒離職率は80〜100%であり、

私以外に20代の課員はおらず、自ずと私が毎日これらの作業を1人で行うようになりました。

※もちろん採用前に聞いた数字とは異なります


私の1つ上の先輩ですでに31歳(もうその時点でかなり異常なのですが…)、

私が入社するまでは彼や(既に辞めた)若手社員たちが行っていたようです。


朝"だけでも"地獄のような毎日でした。


これがまた1時間前じゃとても間に合わないんですよね。

どうにか時間短縮を図ろうとしても1時間10分は要します。


気づけば配属1週間も経つ頃には自然と7時30分頃には出社するようになっていました。


なんの技術も身につかない雑用。

悠々と15分前に出社してくる上司達。


なんのために大学を出てこんなことしてるんだろう?


加湿器のタンクを満たしていく水を見つめながら、

毎日自問自答を繰り返していました。



これでも私の地元ではそこそこ実績のある企業で

「〇〇で働いてる」と言うだけで「へぇー、結構やるやん」と言われるような会社なのです。

それゆえに理想と現実とのギャップに苦しみました。


しかもですね、


なんとこの「朝業務」なのですが



給料が発生しないんですよね。


無給です。

1時間30前から出社して汗だくになって「0円」です。


もうアホ丸出しですよ。

1円も支払われません。


私はちょうど1年で退職しましたので、

毎朝1時間前から作業したとしても

最低265時間は無給で働いていたわけです。(年休100日)


これに加えてお約束のサービス残業の嵐ですから、

恐らく訴えたらそれなりの額貰えるんですよね。

(もうそんなことで関わるのすら御免ですが…)



こんなカスみたいな実態にも関わらず、

すぐに辞めるという選択は取れませんでした。



「せっかく雇ってもらったんだ…」

「人事をガッカリさせてしまう…」

「新卒カード捨てたら終わりや…」



もう毎ーーーーーー日それを頭の中で繰り返してました。

辞めた今思えばホント馬鹿馬鹿しい話ですけど。



こうして新卒1社目の会社で超がつくほどブラックな企業に入ってしまい、完全に社会人として生きていく自信を喪失した私です。

もし何かの間違いで再就職するとすれば、

せめて朝業務のない会社がいい。


そう思って冒頭のツイートを投稿したわけなんですよね。

まぁ色々とリプライでご意見を頂きました。

「異常だ」という声もあれば「どこもそうですよ」という声もあり。

質問箱には強烈な回答もありましたし。

(サイズデカくてすみません)

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もうホント、何で始業時間からじゃダメなのでしょうか。


全国の社長ケチすぎないか。


システム的に始業時間前にしなければならないのであれば、

いっそ始業の時刻を変えるだとか、

やりようはありますよね。


「日本人は働きすぎ!」という声がこんなにも世間に浸透しているにも関わらず、

一向に大きな改善が見られない背景には

全国の社長がどこか他人事のように考えているからでは?


本当に働き方を改革するのであれば、

まずは始業時間前の朝業務から撤廃してほしいと思います。


今こうしている間も、

今年入社した新入社員が無給で加湿器のタンクを運んでいるのでしょうね。

短くて恐縮ですが今回は以上です。


PS.

吉本興業時代のお話ですが、思い起こすのが恥ずかしくてなかなか進まず申し訳ないです。

・前回の記事でYoutubeチャンネルのリンクを貼った為か、チャンネル登録者が10人ほど増えておりました。ありがとうございます。

・質問箱ですが、ほぼ来ることないのでbioから消しました。

また何かあればテキトーに送って下さい(回答はキャスのラジオ配信でやってます)。

https://peing.net/ja/utsunarude

※生存報告

お久しぶりです。

実に1ヶ月ぶりの更新となってしまいました。

鬱なる20卒( https://twitter.com/utsunarude )です。


最近、遺書を書きました。

もう今世を諦めたというか、これ以上生きていても仕方ないのかなと。


大学ノート20ページ分ほどの薄っぺらい文ですが、

いつ親切な通り魔に刺殺されてもいいように

常にカバンに忍ばせています。


結局、転職活動の進捗はお手上げ状態でした。

新型コロナの影響で求人は大きく減少しており、

先日は転職エージェントから直接的に

「秋頃までは企業も求人を渋っているので、妥協して無理に今決めるより、しばらくアルバイト等をされた方が賢明ですよ」

と言われました。


おまけに、ようやく興味のある企業が見つかったと思えば、

『土日完全週休2日制』と謳っておきながら日曜日に面接の日時を指定されるなど、「もうどうにでもなれ」といった状況であります。


世の中にはこんなにもブラック企業で溢れているのかと。

生きるためにはこうした過酷な社会に浸らなければならないのかと。


「人生」と書いて「かいしゃにいく」と読む昨今。

そうまでして生きて、一体何の幸せがあるというのでしょうか。


文系卒資格無し職歴1年の私の人生が、今後真っ当な人生を送ることができる確率はもはや天文学的数値です。

それならとっとと今の人生を終わらせて

来世で富裕層の家のガキにでも転生する方が楽だなと。


これまであらゆる遠回りをしながら生きてきました。

過去の記事でも一部書かせて頂きましたが、

高校中退、路上生活、吉本興業所属、ネカフェ暮らし、

バイト3つ掛け持ちしながら大学受験、堕落した大学生活、

そして多くを失った社会人生活。

楽しかった思い出を探す方が困難なほどです。


先日Twitterでも投稿しましたが、

すでにAmazon練炭と七輪を購入しており

いつでも準備は出来ています。

ただ不幸にも(?)まだ貯金に余裕があるので、

あと数ヶ月は「働かなくてもよい余生」に浸ろうかと考えています。

もちろん当ブログもあと数回は更新したいと思います。


百が一、自殺を決行する際はYoutubeチャンネルかTwitterにてご報告したいと思いますので、視聴頂ければ幸いです。 https://youtube.com/channel/UCe6mWQG41wHAu9yO1uvRLUA

(さすがに中継配信は難しそうですが…)


今回は人生の振り返りも、質問箱の回答もお休みさせて頂きます。

取り急ぎ、生存報告がてら投稿させて頂きました。

いつもページを離れず、最後までスクロールして頂いてありがとうございます。

それでは。

人生のドン底④(NSCの面接)

どうも。鬱なる20卒です。

「そろそろ名前もうちょっとカッコいいやつに変えたいなぁ…」とか思ってます。

 

阪神めっちゃ強いですね。今年はリーグ優勝あるんじゃないかと期待してしまいます。

無職で転職活動もロクにしていないのに、なぜ自分よりも高額な年俸を稼いでいる野球選手なんか応援しているのでしょう。アホなんですかね。

 

 

(前回の記事の続き)

※私のこれまでの人生を振り返って書いています。過去の内容も含め、ほんの暇つぶしに読んで頂ければ幸いです。

 

高校を中退した私はバイト仲間の誘いで演劇の舞台に出演しました。そこで作家からプロを目指すよう提案を受けたんですね。周囲や母親からの勧めもあり、私は吉○興業のタレント養成学校への入校を決意したわけです。

 

 

というわけで早速願書を書いた。

「お笑いの学校」と言えども、入学に必要な手続きは至って普通の専門学校である。

名前・住所・学歴・職歴・持っている資格。おまけに「この養成所をどこで知りましたか(記号選択)」など、拍子抜けするほどフッツーの申込書である。

 

私は何一つボケることなく必要事項を記入して郵送した。

書類に不備がなければ、後日面接の日程が返送されてくる。

 

数日後、事情をまだ話していなかった妹から「なんか…ヨ○モトから手紙来てたで」と言われた。面接の詳細が届いたようだ。

 

日程は1ヶ月後。笑いの本場大阪なんばの吉○本社で行うとのこと。どうやら個人面接ではなく30人程での集団面接という形で行うらしい。

 

集団面接ということは他の入校希望者と鉢合わせになるということ。私は「お笑いの養成所に入るぐらいの人間なんやから、相当面白い奴らに違いない。」と思った。負けず嫌いであった私はそこから1ヶ月の間ありとあらゆるネタ番組を漁り、自分の中での「面白い」を研究し続けた。学歴も中卒である以上、絶対に負けたくない意志があった。

 

来たる面接当日。

当時住んでいた神戸から大阪へは電車で1時間30分ほど。

初めて1人で大阪へ行く緊張、未来のライバル達との遭遇、私は心を奮わせながら会場へ向かった。

 

会場である吉○本社の前には、すでに面接待ちの行列が出来ていた。私も倣って列に並んだ。

 

私はこの時、悪い意味で期待を裏切られてしまう。

列に並んでいるのは、なんてことはない「ただの元気な大学生のような人達」の集まりだったのだ。

皆それぞれ「自分は面白いねんぞ」と自己主張したいのだろう、わざとらしいオーバーなテンションで雑談をしている。会話の内容も「学生の笑い」という感じだった。

 

「(なんやこいつら。明るいだけで全然おもんないやん)」

そう思っていると、私の後ろに並んでいた奴が声をかけてきた。

 

『こんちわぁ。君も面接受けるんすよね?』

「はいそうっすけど」

『俺福岡から1人で来たんすよー。君は関西?

 

相手は福岡から来た19歳の山崎(仮名)という男だった。芸人になるために大学を中退して養成所を志願したらしい。

 

私「大学中退したんすか。もう、全賭けやん」

山崎『いや俺、昔から「お前マジで面白い!芸人なれるって!笑」って友達全員に言われてたんよー!やっぱ俺には芸人しかないと思った!笑』

 

私「……誰々に憧れてる的なのは、あるん?」

山崎『俺、ノンスタイルさんと銀シャリさん尊敬しててさ!笑 マジで天才だと思う!笑

 

私はこの会話だけでこの山崎という男が芸人として成功することはないと悟った。

しかしまぁ驚いたことに、お笑いの養成所に入るような人間など実際にはこんなもんである。

周りの会話に耳をすませると、

『クラスで1番面白いって言われて〜』

『大学の大喜利同好会で優勝して〜』

ブラマヨさんみたいになりたくて〜』

『高校生漫才大会の○回戦まで進んで〜』

などなど、生きてて悲しくなるような発言が飛び交っている。

私は拍子抜けしてしまった。

 

芸人を目指す人間はもっと、

 

「自分が一番面白いに決まってる。

自分以外は凡人。凡人と話すことなど何も無い」

 

……というぐらい尖りに尖った姿勢たるべきだと私は思っていた。

ライバルと必要以上に馴れ合うのは手の内を晒すようなもの。自分以外の発言では絶対に笑わないし、面白くない人間とは関わらない、そう在るべきだと。

少なくとも私はそれ以外の振る舞い方を知らなかった。

 

山崎『いやー面接緊張する〜〜!何かギャグとかさせられるんかな?俺モノボケと変顔やったら得意やねん!』

 

山崎の話をガン無視している内に列はかなり前進していた。それに気づくと同時に、職員らしき男がやってきた。

職員『はい!それでは次の30名入って下さーい!』

私達は面接室に案内された。

 

部屋は学校の教室のような広さで、壁はダンス教室とかにあるような全面が鏡になっているタイプのアレだった。部屋にはパイプ椅子が30台間隔を開けずに置いてあり、私達はそこに座らされた。

面接官は4,5人。皆首から社員証のようなものを下げている。テレビで観たことある人間でなければ、私に名刺を渡してきた作家でもなかった。ただの養成所職員とアシスタント役の先輩芸人である。

 

面接官『それでは1人5分ずつ、名前と住所、志望した理由を話して下さい。まず、そちらの方から。』

 

面接官が語ったのはそれだけだった。

前列に座っていた者から順に面接は始まった。

 

『は、はい!僕は昔からお笑いが好きで、好きな芸人は○○さんです!特技は〜云々』

 

皆当たり障りのない志願理由を述べていく。

それに対して面接官が特に質問をするわけでもなく、あっさりと流れ作業のように『はい、それでは次の方。』と進んでいく。

 

これは後で知ったことだが、なんとこの面接は「一切ボケてはいけない」のである。養成所は毎年500人近くの人間が入校するため、中には"ホンマに頭おかしいやつ"が一定数存在する。そういった人間は入ってから警察沙汰を起こしたりするケースがよくあることから、入校前に面接で弾くのだという。つまり、これは『頭おかしいかどうか』を判別するための面接であり、『一切ボケずに真面目に話す』ことが正解なのだ。

椅子同士の間隔が極端に狭いのも、"頭おかしさん"が無茶なアピールに走ることを防ぐための対応策なのだった。

 

そうとは知らず、中には1発ギャグを披露したり、持ってきたフリップでネタを行う者も何人かいた。

恥ずかしながら当時の私もそんなことは露知らず、かなり痛い自己紹介をしてしまった。

 

「はい。僕は昔から他人と違う感性を持っており、

他人が気づかへんような事にも目を向けてきました。

……例えば漢字の『一』『十』『百』『千』『万』。

これ、順番おかしいと思いませんか?

『一』『十』は分かります。線1本足しただけですから。

でも、よう見て下さい。その次『百』なんですよ。いやいやいや、おかしいやろと。どういう神経しとんねんと。

どう考えてもその次『万』の方がまだ分かるでしょ。

ほいでね、見てください。この『万』にちょろっと線足したらね、ほら、『百』になるんです。漢字考えた奴、順番まちごうとるんですよ!」

 

今でもしっかり覚えている。

この時の私は完全に"頭おかしさん"だ。

「俺は他人と違う感性持ってます」的なアピールがしたくて、移動中にわざわざ考えた"うんちく"を話したのだった。

今改めて思い出しても、痛い上にしょうもなさすぎて歯痛すら覚えてしまう。

 

面接官『…はい、なるほど。では次の方。』

私は合格を確信した表情で面接を終えた。

 

全員の面接が終わると、私達は入ってきた入り口とは別の扉から外へ案内された。すでに次の30人が控えているためである。

 

職員『えー、面接は以上になります。合否は追って郵送しますので。それでは気を付けてお帰り下さい』

 

こうして面接は終わった。

参加者はそのままスっと帰る者もおれば、

ついでに先輩芸人のライブ観覧へ行く者、

『俺ツッコミできる相方探してんねんけどちょっと喫茶店でも行かん?』と食事に誘う者もいた。

 

山崎『いやー緊張したなぁ!』

先ほどの山崎が話しかけてきた。

山崎『俺緊張で全部飛んでもてマジメに語ってしもたわ〜!』

私「この先何百人って人の前でネタしていくのに、あんなんでビビっとったら終わりやて」

山崎『どうしよー…絶対おもんない奴やと思われたし』

 

山崎とそんな感じの会話をしていると、

2人の男が近づいてきた。

 

長身の男『おす。自分、やるやん。感心してもうたわ』

山崎『…あ、さっきネタやってた人達や』

 

男達は先ほどの面接でネタを披露した"頭おかしさん"の1組だった。コンビで揃って応募したらしく、長身のツッコミ担当の男は横内といい、小太りでボケ役の男は小西と名乗った。

 

横内『自分だけやん、面接官に「なるほど…」って言わせたの。』

小西『ホンマホンマ。言わせた時点でキミの勝ちや』

山崎『でもアンタらの漫才もめっちゃ完成度高かったですよ!絶対素人ちゃうでしょ!』

 

私達は立ち話もアレなので、近くのファミレスに入った。

(私は早速馴れ合いに巻き込まれた自分を情けなく思った)

 

横内『へぇ〜…そうなんや。大学中退と高校中退かぁ』

小西『若くてええなぁ。俺らなんか今年26やで』

 

横内(長身)と小西(小太り)はお互い高校の同級生で、大学時代にアマチュアでコンビを組んで地方のコンテスト等にも出場していたらしい。

 

山崎『え、26なんすか!?じゃあ歳上っすね』

横内『全然タメ語でええって!同期やねんから。』

 

"同期"。

まだ面接の合否も分からないのに、私はこの同期という言葉を聞いて改めて「芸人の世界へ入る」ということを実感した。

 

小西『2人はアレなん、中退コンビ組むん?』

私「組まん組まん、たまたま面接被っただけや。」

山崎『俺1人で福岡から来たから、相方できるか不安や…』

横内『最初は相方探す授業とかあるらしいで』

小西『俺らみたいにコンビで来る方が珍しいから大丈夫やって』

 

彼らの言う通り、養成所は大半の人間が1人で入校してくる。4月から授業が始まるが最初の2ヶ月間は『相方探しの会』が設けられており、生徒はそこで3人以上ペアを変えてコンビとしての感触を確かめるという。

 

横内『いやー、早速知り合いできてよかったわ』

小西『ホンマそれ。俺ら歳結構いっとるから浮くんちゃうかーって言うててん』

山崎『みんな面接受かっとったらええなあ』

横内『けど今年は高校生漫才大会の準優勝者も入ってくるらしいで』

山崎『え〜〜!きっついわそれ〜〜』

 

本当に普通の、まるで大学入学前の学生のような会話をしてその日は解散した。

小西『ほなまた4月に会おなー!』

山崎『相方見つからんかったら入れてなー!』

私達は一応お互いの連絡先を交換し合った。

 

こうして初めて同期との顔合わせをした。

私は正直「大したことないな」という安堵の心境だった。横内と小西が披露した漫才も、よくある『元気な大学生のお笑い』という印象であった。それに参加者の大半が『普通の志望動機』であったことから、何とも言えない勝ち誇った思いに浸っていた。(結果的にその普通の志望動機が正解だったのだが)

 

ただ、横内の口から出た『高校生漫才大会の準優勝者』という言葉が胸に引っかかる。一体どれほどの奴なのか。自分よりも面白いのだろうか。

私は言い知れぬ不安を感じ、帰りにTSUTAYA天竺鼠のコントDVDを借りて帰った。

 

帰宅後、今日1日のことをゆっくり思い出す。

 

『俺ノンスタイルさんを尊敬してる!』

ブラマヨみたいになりたくて!』

 

お笑いが世間に完全に浸透した今の時代、

他人と同じスタイルでは通用しない。

例えばブラマヨに憧れてブラマヨと似たようなスタイルを採ったとして、その時点でブラマヨには勝てない。もっと言うと、それなら世間はブラマヨを選ぶ。

そんなことも気づかずに大声で『○○さんみたいになりたくて!』と口にする時点で、芸人として成功するわけがない。

 

今日の面接で知ったのは、そんな浅はかな信念で門を叩いている同期が数多くいたということ。

私はお笑いをやる1つの軸として、『誰かが既に手をつけたお笑いはしない』という目標を据えた。

 

そんな今となってはクソ痛いことを真剣に考えながら、面接の合否を待つのであった。

 

(続きはまた別で書きます。)

_____________________

当時、めっちゃ尖ってたんですよ。

本当に自分以外はしょうもない大学生レベルの笑いだと思ってましたし、自分がやることに間違いは何一つないと信じてました。

 

なので色々思い出して書こうにも、あまりの黒歴史の多さに指がなかなか動きません。

次の更新はいつになるのでしょうか。

 

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今日頂いたメッセージです。

ガミガミガーミガミッて何すかね…?

早速忘れてるようです。

 

勘と本能、取り戻したところで元が無能なので何も変わりません。ビニール傘が傘になるぐらいの変化です。社会がどれだけ濡れないことを要求してきても、どこか濡らしてしまいます。雨合羽には勝てません。

 

でもこうしてメッセージをもらえるだけでも嬉しいです、ホント。

冒頭で書いた通りSNS上ですら人と関わることがほとんどないので、「誰かがわざわざ言葉を送ってくれた」という事実だけで十分励まされます。

 

長くなりましたが今回は以上です。

今日は古着屋でも巡ろうかなと思います。

最後までページを離れず何度もスクロールして文章を読んで頂きありがとうございました。

 

人生のドン底③(養成所入りを決断)

こんばんは。

毎度毎度、更新が深夜帯で申し訳ないです。

 

前回の記事から突如このブログのアクセス数が増えて心底驚いています。

(Twitterからですかね…?)

 

何にせよ、実生活に友人と呼べる存在がいない自分にとって「誰かが見てくれている」というのは、それだけで心の支えになっています。

 

ホント、就職してから「全て失ったなぁ…」と改めて思います。

 

大学を卒業する頃はそれなりに友人もいたんですよ。それがこう、社会人になるとピタリと関係が止まってしまって。

 

「あいつ何してんのかなー」と気になってSNSで友人達の投稿を見てみれば、皆すっごい充実してそうな社会人生活を送ってるんですよね。思わずリア垢消しちゃいました。

 

本人達にそのつもりはないんでしょうけど、ある種の幸せハラスメント的な。

「同期達と楽しそうに誕生日会をしてる写真」と

蓮コラ」との違いがガチで分かりませんでした。

もう退職した今では完全に連絡を取っていません。

 

今の社会人って昔と比べて離職率めっちゃ高いんでしたっけ。終身雇用等の日本型ジョブ体制が崩壊しかけてるのも勿論ですけど、何よりSNSがアレすぎる。

24時間いつでもどこでも他人の社会人生活が覗き見えるじゃないですか。これ、なかなかキツいんですよね。

大体みんな「楽しかった出来事」ばかり載せるので、"自分以外はみーんなホワイト企業に入ったんだ…"と錯覚してしまうんですよ。

 

楽しそうな面ばかり見えるために、自分が情けなくなり壁を感じるようになってしまう。

そんな感じで徐々にフェードアウトするようになり、気づけば人間関係は完全にリセットされ真性の孤独家となりました。

 

最近は寂しさから再びマッチングアプリをするようになりました←無職のくせに。

唯一の楽しみでもあったYoutubeの動画作成すら1人だと着手できることが制限されてしまい、アレコレと悩んでいる内に熱が冷めてきました。

 

とりあえず、"順調に死に近づいている"のは確か。

 

 

(前回の記事の続き)

※私のこれまでの人生を書いています。過去の内容も含めて、暇つぶしに読んで頂ければ幸いです。

高校中退後にアルバイトを始めた私は、バイト仲間からの誘いで演劇の舞台に上がることになった。そこでの舞台終わりに作家から、養成所へ入ってプロになることを勧められる。人前に立つのが苦手な私は突然の話に葛藤するが、ある日バイトから帰宅すると自分の机に養成所のパンフレットが置かれているのを発見した。

 

 

机にパンフレットを置いたのは母親だった。

未だ決断できずにいた私は「いらんことすんなやダボ」と怒鳴りつけるも、一応目を通してみた。

 

母親が取り寄せたパンフレットは通称N○Cという吉○興業の芸能養成所であり、関西では「お笑いの学校」として広く通じている施設のものだった。

 

「芸人になりたい」など私は一切言っていない上に、前日出演した舞台もマジメな演劇である。

にも関わらずN○Cの資料を渡してきたのは、あの日渡した名刺の主が吉○所属の作家であったこと、そして私が昔から熱烈な松本人志信者だったのを知ってのことだろう。

 

パンフレットによると、養成所は大まかに分けて「演者コース」と「作家コース」に別れている。

 

「演者コース」は芸人の他にも、俳優、アイドルなど、客前に立って「お笑いっぽいこと」を行う全てのジャンルが統合されたコース。

 

「作家コース」は劇場イベントの企画や番組のコーナー企画、脚本に関するなどを養成するコース。

 

なお、どちらも学費は総額40万円、期間は1年間だ。

「お笑いなんか人に教わるもんちゃうわな」と思った私はパンフレットを閉じてベッドに入った。

 

翌日。

母親から「願書書いた?」と尋ねられた。

まだ決心のついてない私は首を横に振る。

 

『せっかく紹介されたんやし、行ってみたらええやんか。』

「いや学費40万やて。アホしかおらんやろ」

 

『40万で一生ないような経験できるんやし安いもんや!それに学歴にもなるんやし!』

 

学歴…。

確かに私は高校中退であり、最終学歴は中卒扱いとなる。まともな職に就ける可能性は低い。

 

どうせこのまま生きていてもロクな将来ではないことは保証されている。たった1年間を無駄にしたところで、すでに壊れた人生が大きく崩れることはないだろう。成功すれば儲けもん、実らずとも別の道を探せばいい。それなら、ダメ元で行ってみるのもありかもしれない。

そしてこの時、ほんの数ヶ月に食事に薬物を盛ってきた相手から「お笑いの学校行け」と言われてる自分が究極にアホらしく思えた。

 

「…まぁ考えてみるわ。丁度金あるし」

 

『ほんまか!ほな晩飯お祝いせんとアカンわな!』

「今日は何のお薬入ってるんやろ!楽しみや!」

 

調子に乗って繰り出したブラックジョークはかすりもせず、一瞬にして墓地と見紛うほどの静寂を呼んだ。

「(幸先わっるいなぁ…)」

 

こうして私は"なんとなく"、養成所入りを決断した。

 

 

(外が明るくなってきたので続きは別で書きます。今回短くて申し訳ないです)

人生のドン底②(初めての舞台)

お久しぶりです。

相変わらず転職活動に力が入りません。


求人サイトを眺めてはため息をついてばかり。


世の中こんなにも仕事で溢れているのに

やりたいと思うような仕事はほとんど無く、

仮にあったとしても、そこに求められる資格や経験の壁が大きく立ちはだかります。


最近はいよいよ自殺を本気で考えるようになりました。

会社を続けていた頃とはまた少し違った感覚ですが。


あの頃は、「この苦しい生活から逃げ出したい」という思いで死を望んでいました。

死んで楽になりたい、何もかも忘れたい、

そういった「逃げ」への渇望に起因する希死念慮でした。


しかし今は、働かなければ生きていけないこの社会に対する「諦め」のような思いがあります。


どれだけ仕事がトラウマになろうと、

どれだけ社会に適合出来なかろうと、

生きている以上は納税の義務が課せられます。


生きているだけでお金がかかるということは、

裏を返せば働かなければ生きていけないということでもあります。

(すっげー当たり前のことなんですけども)



私は自分を社会不適合者だと決めつけておりましたが、

もっと広く言えば今の時代にすら適合できない人間なんだと考えるようになりました。


時代不適合者。



「生まれる時代を間違えた」と言うと

不世出の天才のような煽り文句で烏滸がましく思いますが、


もう今の人生をリセットして

「AIに全ての仕事を奪われ尽くした時代」にでも

生まれ変わりたいなと、そう本気で考えています。



と言っても、今はまだ貯金が少し残っているので

もう少しこの「マジで何もしなくていい生活」にドップリ浸ろうと思います。


最近は昼過ぎに起きてダラダラ映画観て過ごしたり、

バイクでフラッと山奥に行ってボーっとしたり、

ウーバーイーツで小遣い稼ぎをしたり、

無職のくせに1人で動物園行ったり、

…幸せの極み。


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質問箱で紹介頂いたブルーハーツの曲を聴きながら、そんなことを考えておりました。




(前回の記事の続き)


高校を中退してニート暮らしを送っていた私は、

地元のガソリンスタンドでアルバイトを始めた。


店長はとてもカタギには見えないような厳つい親分だったが、中卒の私を快く雇ってくれた。

(なんでも、辞めた理由を気に入ってくれたようです。)



私にとって初めての社会経験だったが

退屈な学校生活と比べて学べることが多く、


何より「自分が社会に出ている」という安心感も相まって充実した日々を過ごしていた。



職場の仲間も良い人に恵まれ、

シフトの入っていない日も事務所に顔を出したり、

月3回は仲の良いメンバーでカラオケに行ったり、

少し前の自分からは想像できないほど楽しい毎日だった。



そんなバイト先で、

私の運命を大きく狂わせる出来事があった。


当時仲の良かったバイトの先輩がおり、

彼女は大学で演劇のサークルに所属していた。


よく事務所で自分が出演する舞台の宣伝をしており、

私も何度か観覧に連れて行かれたことがあった。



ある日その先輩から、

「今度また舞台があるんやけど…メンバーが1人足りなくなったから、代役で出演してくれへん?」

と頼まれた。


彼女には色々とお世話になっていたこともあり、

私は二つ返事で代役を引き受けた。


生まれて初めての演劇。

「足を引っ張ってしまうんじゃないか…」と少し不安ではあったが

「所詮は大学のサークルレベルの舞台だ」と自分に言い聞かせ、

特に深く考えないようにしていた。



数日後、先輩に連れられてサークルの稽古に参加することになった。


サークルメンバーは私を見るや否や、


「いや、全然素人の子やん!!」

「○○さんの代役いけるん?」

「これ絶対落ちるわーー…」


と散々な物言いだったのを覚えている。


なんでも予定している舞台はある劇団のデモオーディションらしく、

合格を目指していたメンバーは「代役でプロを連れて来る」と勝手に期待していたようだった。

(私は何も聞かされていなかった)


当の先輩はすでに就職先も決まっていた為に

オーディションについて特別な思いはなかったらしく、

シンプルに「探すの面倒臭かった」と話していた。


…そんなわけで、

絶望的アウェイの状況から舞台の稽古がスタートしたのだった。



この辺りは自分で書いてても恥ずかしいことばかりなので省略したい。


単刀直入に書くと、「絶対向いてるやん!」ということだった。


昔から好きなアニメキャラや俳優のモノマネをしていて遊んでいたのが功を奏したのか、

演技に関して指摘されることは何一つなかった。



私自身やっている内に気持ちが入り込むようになり、

他人の演技の指導をしたり、脚本の内容を少し変えたりと「やりたい放題」だった。


先輩からは「普段喋ってる時からそんな気はしてたけど、そんな才能あったんやなぁ!」と言われ、

生まれて初めて自分を褒められたようで幸せだった。



約1ヶ月ほどの稽古を経て、オーディション当日を迎えた。


最初は軽く引き受けた私も「絶対に合格したい!」という強い思いを抱いていた。



出番直前、舞台袖で皆で円陣を組んだ。

気合いは十分。



照明が消え、出囃子が流れる。


各自小道具を運び、持ち場に着く。


客席は最前列の方まで埋まっている。


「(めっちゃ客おるなぁ…。300人ぐらいかなー…?)」

なんてことを考えていると、照明がパッと点いた。



眩しい光がステージを照らす。



私は自分の全力を出して演技をした。



約15分間のショートドラマ。



不思議と緊張はしていなかった。



オチの台詞が決まり、照明が消える。


消えると同時に

割れんばかりの拍手に包まれた。



皆駆け足で舞台袖に捌けていく。


劇場のスタッフさんがこちらに向けてピースサインをしていた。


舞台裏の通路では、出番を待って並んでいる他の出演者達が拍手で迎えてくれた。


私は状況もよく分からないまま、

とりあえず皆の後についていった。


駆け足のまま控え室に入ると、

メンバーは喜びを爆発させるかのように抱き合った。


「よっしゃああああ!!!」

「ありがとう!!皆ホンマにありがとう!!」

「最高!あんな拍手もらったん初めてちゃう!?」


何人かは涙を流していた。

まだ合格したわけでもないのに、いくらなんでも喜びすぎじゃないかと思った。


ただ生まれて初めての舞台で浴びた拍手は

とても気持ち良いものだった。


「(あ〜。なんか俺今めっちゃ生きてるって感じするなぁ)」

本当に心からそう思った。




メンバーは合格を確信していたのだが、

その後に出演した芸大の演劇部がその日一番の拍手を呼んだ。


全組の演技が終わった後で合格チームの発表がなされたが、それは私達の名前ではなかった。



私は悔しくて泣いてしまった。

他の出演者も同じようだった。


「惜しかったな。アンタよう頑張ったわ」

先輩達が声をかけてくれた。

みんな涙を流していた。


短い間だったが、本当に楽しい日々だった。


「そんな生活もこれでお別れか…」

と思っていた矢先。


劇場のスタッフが控え室に入ってきた。


真っ直ぐ私達の所に向かってくる。


「お疲れ様です。作家の○○先生がお呼びですので、脚本担当者と…  そちらの方、着いてきてもらえます?」


スタッフは私を指差してそう言った。


「おいすごいやん!スカウトされんちゃう!?」

メンバーに煽てられながら、私達はスタッフに同行した。


私はこの日初めて緊張で震え、頭が真っ白になっていた。


(スカウト…?自分が…?)

(本当にスカウトされたらどうしよう…)


たった30mほどの通路を歩く中、

何十回もそんなことを考えていた。



作家室に案内され、パイプ椅子に座らせられた。

部屋には私達の他にもう1名、別の出演者が座っていた。


「ここで待っといて下さいね、呼んできます」



まるで面接が始まる前のような雰囲気。

心臓が口から出てきそうなほど震えている。


(もしそうなったら親に何て話せばいいんやろ…)


作家達が部屋に入ってきた。


「帰るとこやった?ごめんなぁー」



………。


私の不安とは裏腹に、

作家から掛けられたのはスカウトではなく演技についてのダメ出しだった。


「あそこ、話の組み立てが急すぎるねん」

「絶対に客に背中向けたらアカン」


あまり覚えてないが、こんな感じのことを言われた。


「あそこの間よかったのに、あそこ全然アカンやん。めっちゃ勿体ないやろ?」


聞いてる内に腹が立ってきた。


「なぁ。キミどう思うねん?」


作家が私に問いかけてきた。


「いや、別にプロ目指してるわけじゃないんで…」

私はこう答えた。


「なんやお前っ」

作家が声を上げる。


慌てて隣に座っていたメンバー(脚本担当)が間に入ってくれた。


「あ、キミ舞台初めてやったん?すごいな」

「確かに自分だけ、えらい若いなぁ思たわ」

作家が機嫌を直してくれた。


「今は、何かしてんの?」


私は正直に今の立場を話した。

高校を中退したことも含めて。



「プロなったらええやん、素質あるわ。紹介状書いたんで?」


思わぬ流れに驚いた。


もう1人の作家も口を開く。

「プロ言うても色々あるからなぁ!俳優なるんか?」

「お笑いやりたいんやったらあっこの養成所やで!ですよね○○先生!」


勝手にベラベラと身内喋りを続ける作家達に焦った私は、「少し考えさせて下さい」と答えた。


「ほんまか。いつまでもブラブラしとったアカンで」

そう言って名刺を渡され、その後も業界のことをベラベラと語った後、満足した様子で作家達は部屋から出て行った。



「お疲れ様。こんなこと珍しいで〜。ゆっくり考えて下さいね」

スタッフから笑顔でそう言われ、控え室に戻った。


今思えば完ッッ全な社交辞令というか、

定職に就かずフラフラとしている若者の体裁を思って言ってくれたのだと思うが、

当時の私は人生最大の決断を迫られているような思いだった。



30分近く経っていたが、控え室では未だに出演者達が残っていた。


「どうやったん!?スカウトされた?」

皆私達の顔をじっと見ている。


あまり良い気分ではなかったので、

私達は近くの居酒屋に場所を変えた。


「乾杯ーーーー!!それで、何て言われたん?」


舞台の労いの言葉より先に、先ほどのことを尋ねられた。

私達は作家室での出来事を話した。


メンバーは「そんだけか…」と拍子抜けした様子だった。

というのも、私達が呼ばれたことでオーディションの追加合格が決まったのではないかと考えてたようである。


「…でもホンマ、養成所行ってみたら?」

「向いてると思うで!」

「知り合いから芸能人出るとかヤバいって!」


メンバーが勝手にあれこれ話して盛り上がる。

私は苦笑いするしかなかった。



打ち上げが終わり、

私は酔っ払った先輩を家まで送り

そのまま先輩宅に泊まることになった。



その日はなかなか寝付けず、

朝まで作家から渡された名刺を眺め続けた。


「○本クリエイティブエージェンシー」と記されている。


「俺別にお笑いやりたいなんか一言も言ってないんやけどなぁ…」




翌日の昼頃、ゆっくり目を覚ました。

先輩がTシャツにパンツ1丁で昼飯を作っている。


スマホを見ると母親からの着信が10件ほどあった。


色々なことがありすぎて頭がボーっとしていた私は

先輩から強制され、その日も泊まることにした。



確かにやりたいこともない…

このままバイト暮らしをつづけるのも現実的じゃない…


自分は一体どうするべきなんだろう?


これほどまでに「タイムマシンがあって欲しい」と思ったことはなかった。


先が見えない選択を迫られることに

頭がどうにかなりそうだった。



翌日。

2日ぶりに自宅へ帰ると、

母親から久しぶりの鉄拳制裁を食らった。


高校中退フリーターの底辺息子が1日帰らないぐらいで必死になりすぎだと正直思った。



私はとりあえず「劇場が終わってそのまま片付けを手伝っている内に終電が無くなった」と話し、

作家から渡された名刺を証拠として見せた。


母親はすげぇ喜んでた。


なんと言うか、「やっと自分の進む道を見つけてくれたのね…!」的な表情を浮かべながら、

無言で私を抱きしめた。

まだ誰も実際になるとは言っていないのに。



その日からは毎日葛藤の連続だった。


人前に立つのが得意な人間ではない私に、

とても向いている業界とは思えない。


だが「お笑い」に関する興味はあった。


関西という土地柄から、幼少期から吉本新喜劇は毎週のように観ていたこともある。


また、中学2年の頃に私はグループ内で軽いイジメを受けていたことがあり、

その時に私を救ってくれたのが「お笑い」だった。


「関西では面白い奴がヒーローになる」という謎の文化のもと、私は毎日ダウンタウン松本人志の発言をメモにとって分析していた。


イジメを受けながらも、それを笑いで「イジり」へと昇華させ難を逃れたのだった。


決して自分自身が面白いわけでもないのに、

私は「お笑い」への興味に頭を支配されるようになった。



「これ、お笑いの神様が行け言うてるんかなぁ。」

今となっては全身が腐りかけるような発言だが、

当時は本気でそんなことを考えたりしていた。



そしてある日、

いつものようにバイトから帰ると

自室の机に養成所のパンフレットが置かれていた。


_____________________

相変わらず長くなったので、続きはまた今度書きます。

長文かつ駄文で毎度まとまりのない文章で申し訳ないです。


全くのノンフィクションなので、下手したら普通にそろそろ特定されそうやなぁとビクビクしています。


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こんな嬉しい言葉もらってしまうと

なかなか死ぬのにも抵抗感じてしまいますが、

冒頭で書いた通り、もう人生というか社会に疲れたな〜というのが正直な心境です。


色々遠回りしすぎて収拾つかなくなってますし。


貯金あと90万ほどなので、

諸々の支払いや余生エンジョイ旅行費を考えると

あと2,3ヶ月の命っすね。


こういうこと書くだけ書いて結局死なない

ってのが1番みっともないと思いますが、


果たしてどうなっちまうんすかねぇ。


それまでに何かやりたいことが見つかって、

きっちり職に就けることを祈ってる自分がいたりします。


長くなりましたが、

最後までページ離れずに読んで頂いて感謝します。

人生のドン底 ①(高校中退)

無職になって早くも2週間が経った。


毎日好きな時間に起き、好きなことをして過ごし、

疲れたら好きな時間に眠る。


幸い、Youtubeの動画編集も楽しくやっている。


思いのほか肯定的なコメントを頂く度に、

それをスクショしてニヤニヤする気持ち悪いルーティンまで出来てしまった。



と、まぁこんな感じで

ものすごく「生き物らしい」生活を送っている。


1日の大半を職場で過ごし、数少ない休日は疲れてひたすら眠っていた「社会人の頃」と「今」。


この社会で真っ当に扱われるのは前者だが、


生物としての人間らしい生き方は間違いなく後者だろう。



ストレスから解放されたのか、

最近は夜中に突然目を覚ますこともなくなった。


好きな料理を食べて「うめぇ!!」と叫べるようになった。


世間から忌み嫌われるニートとなった今だが、

「生きる」ということを全身で堪能している。



それでも不安になることは当然ある。


無収入の自分が怖くてたまらない瞬間が必ず存在するのだ。


そんな時は、今まで手を出すこともなかったギャンブルで端金を稼ぐことで心を落ち着かせている。


最近のギャンブルは驚くほど先進的。

わざわざレース場に行かなくとも、自宅でPCから賭けることが出来る。

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部屋から1歩も出ずに100円が10,000円に化けたのを見て、

「今日も1日頑張ったぞー!」と安心して布団に入る。


実際には何もしていないのに。
何も進まないのに。


そこにあるのは「頑張ったのはレーサーやないか」というツッコミだけ。



こうして日々、社会復帰から遠のいていくのだった。



僕は今、人生3度目のドン底を経験している。


というのも、

実は過去に高校を5ヶ月で中退しているのだ。


特に問題を起こしたわけでもない。

虐められていたわけでもない。

勉強に付いていけなかったわけでもない。


ただ純粋に、

「意味が分からない」と思い自主退学したのである。


毎日決まった時間に登校。

毎日決まった時間に勉強。

毎日決まった時間に昼食。

毎日決まった時間になれば「早く帰りなさい」。

受験勉強を必死に頑張った結果が

そんなつまらない生活の連続ということに絶望してしまったのだ。


思えばこの頃から社会不適合者としての才能が開花していたのだろう。


そんな人間が一丁前に会社に勤めて働くなど、

そもそもお門違いだったのかもしれない。


書いている内に楽しくなってきたので

このまま昔話をしたいと思う。


Youtubeの動画にせよブログの記事にせよ、

いつも何も考えずに始めてしまって結果脱線しまくる癖は直さないとなぁと。



高校を辞めた後は、今と同じく、晴れて自由の身になった自分を徹底的に甘やかしていた。


毎日夕方にゆっくりと起き、

一日中ネット掲示板を巡回するのが日課だった。


かつて秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤が利用していた「究極交流掲示板」というケータイ向けの掲示板。

そこが自分の居場所だった。



引き込もっていたわけでもない。

夜中にふと釣り竿を片手に近所の波止場に行って朝まで1人で釣りをしたり。

掲示板で仲良くなった大学生と一緒に有名な心霊スポット突撃オフ会をしたり。


ただ自分の好きなように生きていた。


当時は今と違って実家暮らしであった為、
就職を促す親と口論になることも多かった。

僕は頑なに拒否を続けていた。


高校を辞めてニートになり半年が経過した頃。

ある日、自分の部屋の前にラップのされたハンバーグが置いてあった。


側には「晩ごはん」と書かれたメモが添えられている。


僕は物音を立てないよう静かにそれを部屋へ持ち込み、
何も考えず、食べた。


「カリッ」


思わず吐き出した。

ハンバーグらしからぬ食感。
ミンチ肉の間からは、ラムネのような白い塊が姿を覗かせていた。


恐らく精神安定剤か何か入れたのだろう。

(その時はマジで「あ、これ毒やわ」と思った)


僕は声を押し殺して泣いた。

こんな息子とはいえ、実の母親から薬を盛られた事実は悲しかった。

おまけに僕は母子家庭であり、腐っても唯一の親としてそれなりの情はあったのだ。


僕はそのまま家を飛び出し、大阪の西成区にある「あいりん地区」に身を寄せたのだった。
(この話は前に書きましたね)



結局その後は西成で路上生活を送っていたところを
児童福祉課の職員に保護され、実家へ戻った。


久しぶりの再会ともあり、まぁ母親は号泣していた。


そこからは気持ちを入れ替えて近所のガソリンスタンドでアルバイトを始めた。

厳密に言うと、
あれほど口うるさく就職を勧めてきた母親が急に
「何もしなくていい。生きていてくれたらそれでいい」
なんて言うので、天邪鬼になっていた。


バイトではあるが仕事は仕事。
クソ客やクソ先輩からの洗礼はあったが、
退屈しない毎日にどこか悦びを感じていた。


そんな中で、僕の運命を大きく変える(狂わす)出会いがあったのだった。


長くなったので続きはまた今度書きます、、、